塩文化が発達したのは海沿いですが、それを用いて山でも取り入れられるようになってくるのです。 山梨の「煮貝」などいい例です。暮らしの中で海の物も山で流通できるように、塩を使って保存食を作るようになりました。 「煮貝」はアワビを煮込んだ保存食です。
暮らしの中で塩を使い保存食を作ると主に、体に必要なミネラルを補給するために「塩は薬」としても注目を浴びました。 この塩をめぐり強奪による戦争も日本の歴史の中で確認されています。有名な「赤穂浪士」「忠臣蔵」ですね。 何が原因かはわからない人も多いと思いますが、塩が原因なのです。この説明は後の「忠臣蔵と塩」 煮記載してあります。順番に見ていってください。米や野菜にはカリウムが入っており、米や野菜を食べるとことにより、バランスよくカリウムを取っていたのです。 カリウムの役割は、体の中のナトリウム成分に浸透し体の外に出す働きを持っています。このときカリウムも一緒に対外に出されるわけです。 汗・尿・便と言った形で出されます。 稲作が発展すると獲物を捕らえに遠くまで行ったり、何日も獲物にありつけない事などよりも、確率が高い稲作の方がらくだと思ったわけです。
穀物や米、野菜から得られるカリウムが増えるに従い、塩そのものが必要になったわけです。 それが今日の私たちの暮らしの中で塩作りという形で発展し現在に至っているのです。 穀物の収穫時期は常にあるわけではありません。保存するためにも塩が必要で、肉や野菜などを保存食として作ることを覚えるのです。 たくさんの人の塩を作るため、塩作りだけを専門にする海沿いの人々も出てきました。塩は人々の暮らしになくてはならない物になりました。